井筒部屋
皆さん、おはようございます。

学生時代、歴史ものは嫌いで成績も芳しくなかったのですが、ここ最近は大相撲の歴史に興味を示しているゴールデンウルフです。

今回のブログは前回のブログでも宣言しました通り、井筒部屋を立ち上げた第16代横綱西ノ海は高砂部屋でした。

しかし、現在井筒部屋は時津風一門なのは何故かという質問を合わせて頂いておりました。

明治時代の出来事ですので、勿論私も知りませんでしたので、出来る限り調べてみました。

◆力士の相撲部屋所属と相撲部屋の一門所属の違いとは?
力士は必ずとこかの相撲部屋に所属しなければなりません。

そして相撲部屋の移籍は許されてません。

しかし、所属している相撲部屋が変わっている力士は珍しくありません。

それは、親方が定年退職や亡くなってしまった事で、その部屋を継ぐ親方が居ない場合、他の部屋に吸収されて相撲部屋が変わります。

その一方で相撲部屋は必ずどこかの一門に所属しなければならないという事はなく、無派閥という状態でいる事も可能です。

現在、無派閥の相撲部屋はありません。

また、相撲部屋の一門の所属は親方の意志で、他の一門に移籍する事も可能です。

◆井筒部屋は何故時津風一門なのか?
井筒部屋は第16代横綱西ノ海が7代井筒として高砂部屋から分家独立している。

そして井筒部屋は第25代横綱西ノ海が8代井筒として部屋を継承。

第9代井筒は元幕内星甲が継承したが、42歳という若さで急逝し、力士たちは双葉山相撲道場に引き取られた。

その後、元幕内鶴ヶ嶺が第10代井筒を襲名し、井筒部屋を再興した。

井筒部屋は、継承する親方が居なかった時に双葉山相撲道場に引き取られている事から親交が深かった事がうかがえる。

一方、双葉山相撲道場は双葉山が引退して第12代時津風を襲名し、時津風部屋と改称した。

江戸時代以来250年の伝統を持つ名門と言われる伊勢ノ海部屋がある。

時津風一門は時津風部屋と井筒部屋、そして伊勢ノ海部屋で一門を形成されたと記されている。

以上の事から、井筒部屋は時津風一門の創設時からこの一門にいる事になる。

第16代横綱西ノ海は井筒部屋を設立した当初は無派閥だったのではないでしょうか。

その後、時津風一門を形成したという事で、井筒部屋は時津風一門となります。

◆高砂一門にも井筒部屋はあった
実はNHK解説でお馴染みの北の富士勝昭さんは現役引退後、第13代井筒を襲名し、九重部屋から分家独立している。

この井筒部屋は九重部屋の11代九重(元横綱千代の山)が逝去し、北の富士勝昭さんが12代九重を襲名した時に改称された為、消滅した。


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