カテゴリ: 大相撲見聞録

皆さん、おはようございます。

ようやく確定申告書の提出が完了し、ちょっとホッとしているゴールデンウルフです。

これから暫くは税務署からの連絡がない事を祈るばかりです。

さて今回のブログはここ最近の大相撲ニュースで気になった記事について書いてみたいと思います。

◆元琴欧州独立、鳴戸部屋復活へ
元大関琴欧州の鳴戸親方が独立するという記事でした。

鳴戸親方は佐渡ヶ嶽部屋の部屋付き親方をしていましたが、3月中に協会理事会の承認を経て4月から部屋を設立するとの事。

部屋の名称は『鳴戸部屋』で、2013年12月に消滅したものが復活する事になる。

消滅する前の鳴戸部屋には新横綱 稀勢の里が入門から所属した部屋です。

ここからはゴールデンウルフの勝手な想像となってしまうが、稀勢の里は鳴戸という年寄名跡にはかなりの思い入れがあるものと推測してます。

ようやく、横綱となった稀勢の里もいつかは引退する事になる。

その時には鳴戸親方となって鳴戸部屋を運営したいという思いがあるのではないかと思えてならない。

現在の鳴戸親方である琴欧州は稀勢の里と年齢も3つしか変わらない。

この事からも稀勢の里が鳴戸と名乗る事というのはあるのだろうか?

今後も年寄名跡の取得や交換といったものにはアンテナを高くしていきたいと思います。

◆元旭天鵬・大島親方 友綱部屋を継ぐ!
もう一つ若干驚きのニュースが飛び込んできた。

元旭天鵬の大島親方は友綱部屋の部屋付き親方をしていましたが、現在の友綱親方が定年を迎えるにあたり、部屋を引き継ぐ事になる。

このニュースが何故驚きなのか!

それは、友綱部屋には元大関魁皇の浅香山親方が部屋付き親方をしていた。

しかし、浅香山親方は独立して浅香山部屋を設立している。

魁皇は、入門からずっと友綱部屋の力士だった。

一方、旭天鵬は大島部屋の閉鎖に伴い、友綱部屋に移籍してきた力士だった。

この背景から考えると現在の友綱親方の定年の時期というのは決まっている。

しかし、魁皇には部屋を継がせないという事がどこかの時点で告げられた事により、独立に踏み切ったのではないかと推測してしまう。

ゴールデンウルフとしては、魁皇も旭天鵬もどちらも好きな力士であったが、やはり独立という険しい道を選んだ元大関魁皇の浅香山親方により頑張ってもらいたい。


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井筒部屋
皆さん、おはようございます。

学生時代、歴史ものは嫌いで成績も芳しくなかったのですが、ここ最近は大相撲の歴史に興味を示しているゴールデンウルフです。

今回のブログは前回のブログでも宣言しました通り、井筒部屋を立ち上げた第16代横綱西ノ海は高砂部屋でした。

しかし、現在井筒部屋は時津風一門なのは何故かという質問を合わせて頂いておりました。

明治時代の出来事ですので、勿論私も知りませんでしたので、出来る限り調べてみました。

◆力士の相撲部屋所属と相撲部屋の一門所属の違いとは?
力士は必ずとこかの相撲部屋に所属しなければなりません。

そして相撲部屋の移籍は許されてません。

しかし、所属している相撲部屋が変わっている力士は珍しくありません。

それは、親方が定年退職や亡くなってしまった事で、その部屋を継ぐ親方が居ない場合、他の部屋に吸収されて相撲部屋が変わります。

その一方で相撲部屋は必ずどこかの一門に所属しなければならないという事はなく、無派閥という状態でいる事も可能です。

現在、無派閥の相撲部屋はありません。

また、相撲部屋の一門の所属は親方の意志で、他の一門に移籍する事も可能です。

◆井筒部屋は何故時津風一門なのか?
井筒部屋は第16代横綱西ノ海が7代井筒として高砂部屋から分家独立している。

そして井筒部屋は第25代横綱西ノ海が8代井筒として部屋を継承。

第9代井筒は元幕内星甲が継承したが、42歳という若さで急逝し、力士たちは双葉山相撲道場に引き取られた。

その後、元幕内鶴ヶ嶺が第10代井筒を襲名し、井筒部屋を再興した。

井筒部屋は、継承する親方が居なかった時に双葉山相撲道場に引き取られている事から親交が深かった事がうかがえる。

一方、双葉山相撲道場は双葉山が引退して第12代時津風を襲名し、時津風部屋と改称した。

江戸時代以来250年の伝統を持つ名門と言われる伊勢ノ海部屋がある。

時津風一門は時津風部屋と井筒部屋、そして伊勢ノ海部屋で一門を形成されたと記されている。

以上の事から、井筒部屋は時津風一門の創設時からこの一門にいる事になる。

第16代横綱西ノ海は井筒部屋を設立した当初は無派閥だったのではないでしょうか。

その後、時津風一門を形成したという事で、井筒部屋は時津風一門となります。

◆高砂一門にも井筒部屋はあった
実はNHK解説でお馴染みの北の富士勝昭さんは現役引退後、第13代井筒を襲名し、九重部屋から分家独立している。

この井筒部屋は九重部屋の11代九重(元横綱千代の山)が逝去し、北の富士勝昭さんが12代九重を襲名した時に改称された為、消滅した。


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9月場所初日協会挨拶
皆さん、おはようございます。

ゴールデンウルフがお届けする大相撲ブログです。

『土俵の上には何がある?』と聞かれたら何を思い浮かべますか?

仕切り線だったり、勝負俵、徳俵と実際に土俵の上にあるものが浮かびますか?

土俵の上には力士の真剣勝負があるなんて言う答えもお洒落な感じがしますね。

ゴールデンウルフ的には『土俵の上には力士の人生がある』なんて答えたいですね。

さて、しかし本日のブログでは、そう言ったものではなく、土俵の上の上空にあるものについて書いてみたいと思います。

土俵の上空には吊り屋根があります。

吊り屋根は『神明造り』と呼ばれる屋形で総重量は6.25トンあるそうです。

吊り屋根からは2つのものが下がっています。

一つは水引幕という吊り屋根の四方を囲む紫の幕で、けがれをはらう意味があります。

水引幕には桜を模した日本相撲協会の紋章が入ってます。

そしてもう一つは房と言われるものが4つぶら下がっています。

房は4色あり、四季とそれぞれの方位を守る神様を表すと言われています。

東が青房、春を示していて青龍神を表しています。

南が赤房、夏を示していて朱雀神を表しています。

西が白房、秋を示していて白虎神を表しています。

北が黒房、冬を示していて玄武神を表しています。

冒頭には9月場所初日の協会挨拶時の画像を張ってみました。

実際には正面と東側の間に青房、東側と向正面の間に赤房、向正面と西側の間に白房、西側と正面の間に黒房がそれぞれぶら下がっています。

ここ最近は相撲人気が回復してきており、満員御礼の垂れ幕もよく見かけます。

因みに満員御礼の垂れ幕は吊り屋根の更に上に下がります。


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7月場所四日目土俵入り
皆さん、おはようございます。

ゴールデンウルフがお届けする大相撲ブログです。

今日のブログでは土俵入りについて書いてみたいと思います。

一日の流れで言うと幕内土俵入りが大体15時40分頃、その後横綱土俵入りが15時55分頃にあります。

実は14時15分頃には十両土俵入りというのもありますが、地上波デジタル放送で見ている限りは放送されてません。

幕内土俵入りですが、初日は東方から土俵入りし、二日目は西方から土俵入りします。

別の言い方をすると奇数日は東方から、偶数日は西方から土俵入りします。

では、横綱土俵入りはどうなるのでしょうか。

やはり初日は東方の横綱から土俵入りし、二日目は西方の横綱から土俵入りします。

現在、横綱は白鵬、日馬富士、鶴竜と3人いますが三日目は誰がどちらから土俵入りするのでしょうか?

例えば、7月場所を例に上げると東の横綱は白鵬、西の横綱は鶴竜、最近はあまりこの言い方はしませんが、東の張出横綱は日馬富士でした。

初日は、東から白鵬、西から鶴竜、東から日馬富士と土俵入りしました。

二日目は、西から鶴竜、東から日馬富士、東から白鵬と前日一番初めに土俵入りした横綱が一番最後に土俵入りします。

三日目は、東から日馬富士、東から白鵬、西から鶴竜が土俵入りしました。

しかし、7月場所では四日目に事件が起こりました。

何と西の横綱鶴竜が四日目から休場してしまいました。

四日目の横綱土俵入りは誰がどちらから上がったでしょうか?

まず、四日目でしたので、初日と同様に白鵬が東から土俵入りしました。

そして冒頭の画像に繋がるのですが、この画像は7月場所四日目の日馬富士の土俵入りです。

行司の立ち位置からも分かりますが、日馬富士は、白鵬と同じ東から土俵入りし、横綱土俵入りは終了しました。

この日、西からの横綱土俵入りはありませんでした。

当たり前と言われればそれまでですが、違和感ありありな横綱土俵入りでした。

因みに五日目以降千秋楽まで、番付では東の横綱ですが、日馬富士が西から土俵入りしていました。



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千代の富士出演
皆さん、おはようございます。

ゴールデンウルフがお届けする大相撲ブログです。

9月場所も終わり、自宅のDVDレコーダーの録画番組を整理していたところ、千代の富士の追悼番組がいくつかありました。

毎週土曜日夕方にTBSでバース・デイという番組がやっているが8月6日は急遽追悼番組が放送されていた。

内容としては、千代の富士の軌跡を紹介したり、また千代の富士が残した数々の記録についても語られていた。

例えば、千代の富士が関脇で初優勝した時の優勝決定戦は、瞬間最高視聴率65.3%を記録し、現在まで大相撲中継歴代1位を保っている。

この瞬間最高視聴率は現代のネット社会の背景では抜かれる事はないのではないかと思ってしまう。

番組の中盤では千代の富士が引退を決意する1991年夏場所についても語られていた。

この1991年夏場所の初日では貴花田(後の貴乃花)との初対決が組まれた。

取組結果は千代の富士がまさかの敗戦。

しかし、千代の富士はこの初日の敗戦では引退するつもりなどなかった。

千代の富士が引退を決意したのは、この夏場所の2日目と3日目で自分の相撲が取れなくなってきた事を感じた時だったと語っていた。

番組の後半では、昨年の還暦土俵入り、そしてその直後の定期健診で早期のすい臓がんが発見されたと伝えていた。

最後は今年5月29日に放送されたBS-TBS『関口宏の人生の詩』に出演した時の映像が収められていた。

この番組の収録は5月5日との事で、亡くなる3か月前の映像であったので、きっと体に痛みもあったのではないかと思ってしまう。

しかし、千代の富士は病魔に侵されている素振りなど微塵もなかった。

番組は千代の富士が直筆で『心技体』という言葉を書き、その言葉への思いで締めくくられていた。

千代の富士は『心技体』という言葉を用いて自分が横綱まで登り詰めた事を例にあげ、特に『心』を最も重要と伝えていた。

この言葉は、角界の力士にだけではなく、全ての人へ向けたメッセージだったのではないかと考えてしまう。
千代の富士の言葉


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